作家。食育研究家。九州大学大学院農学研究院助教/1973年、大分県生まれ。農学博士。/年間の講演回数は100回を超え、大人向け学びの場である「大人塾」「ママ塾」「mamalink塾」等も主宰/主な著書に『いのちをいただく』『すごい弁当力!』『食卓の力』など、いずれもベストセラー/新聞掲載、テレビ・ラジオ出演も多数


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屋上田んぼの話6

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その⑧-2000/7/31~、害虫がやってきた!!-

 いつの間にか待ちこがれるようになった害虫、ウンカ。感動の出合いは7月31日だった。
 宇根さんの田んぼの草ひきでウンカを見分けることができるようになった僕たちは、念入りに稲を観察するようになっていた。その日も、横手くんと一緒に田回り。茎の部分を念入りに観察して回る。
 横手くんが叫ぶ。「うわっ、佐藤さん、なんかおる。…これウンカや!」慌ててその茎をのぞき込む。いた。小さなセミ型昆虫、ウンカ。一茎に2匹。屋上田んぼには、その2匹だけだった。
 ウンカの種類までは特定できなかった未熟な僕たちは、伝説の農器「虫見板」と伝説の名著「田の虫図鑑」を慌てて取りに行く。取りに行く間、「この間にいなくなったらどうしよう」なんて思うほどだった。
 その昆虫と、虫見板、田の虫図鑑を見比べる。背白ウンカだということがわかった。
 「害虫だから殺してしまおう」なんて一瞬も思わなかった。東南アジアから飛んできて、この九州の田んぼにたどり着く。ほとんどは海に落ちて死んでしまうから、その割合は何億匹に一匹の割合らしい(宇根、2000、p.76)。そして、その広大な九州の田んぼの中の、ほんの二畳の屋上田んぼに舞い降りた2匹の背白ウンカ。この出会いは、嫁さんよりも貴重な出会いかもしれない。この出会いの貴重性に気が付く。そして横手くんと、屋上田んぼが一人前になったこと、生態系が豊かになったことを素直に喜びあった。



 そして考えが巡る。持続可能な社会のための共生の理論。
 害虫だって害を及ぼすほどでなかったら、ただの昆虫だ。そして、その害も僕たち人間にとってのことにすぎない。蜘蛛といった虫にしてみれば大事な餌、食料なのだ。そうして、お互いが支え合って一つの生態系を形成している。人間は、勝手な価値観でその生態系を壊してしまう。そして、例えば、その代償であるトキの絶滅を大量のお金をつぎ込んで保護する。
 あえて言おう。トキが大事なのではない。トキは水田生態系の頂点に位置する象徴なのだ。檻の中のトキなんて何の価値もないと思う。トキが水田の上を自由に羽ばたくときに、豊かな自然が残っている現れとして価値を有するのだ。
 ウンカだってトキを支える一つの命だ。それを害虫だといって殺し、トキの復活を待ちわびることに矛盾はないのだろうか。こんな理屈を言っても、屋上田んぼに生活はかかってないからなぁ、なんて思われるかもしれない。そう、屋上田んぼはお百姓にとって見ればお遊びにすぎない。
 でも屋上田んぼは、生態系をつくることの難しさを教えてくれた。普通の田んぼでは農薬が撒かれ、基盤整備が進んでいるのに、まだまだたくさんの生き物がいるのは自然の豊かさ、すごさだ。
 生態系が、一度、壊れてしまえば分かる。作り直そうとすれば分かる。生態系をつくること、いったん壊してしまった生態系を元に戻すことというのは、本当に難しい。これが実感できたのは、屋上田んぼとそこでの生態系をゼロから創りあげようとし、その困難と直に向き合ってきた僕たちの特権だ。だから、お遊びでも胸を張って言える。
 現代社会はまだまだ自然のおおらかさに甘えている。害虫の大切さを知ろう。害虫が来てくれるほど魅力的な田んぼをつくることの難しさを知ろう。生き物一つ一つの生態的価値を見つめよう。
 消費者だって同じだ。ゴキブリやハエを殺虫剤で簡単に殺しながら、「無農薬栽培の農産物は健康にいいわよね」なんて簡単にいってしまう。庭の雑草に除草剤をまきながら、「熱帯雨林保全」なんて簡単にいってしまう。
 ディープ・エコロジストになれといっているわけではない。ウンカが来ない夏を憂う(益虫も少なくなるから)。畦に座って、雑草の小さな花の美しさを感じる。畦に咲く勿忘草を一時間もかけて探す。セリが黄アゲハの餌になるからといって田んぼの中に残す。水を落としてしまって命を落とすオタマジャクシに心を痛める。
 つまり、一つ一つの命のきらめきを生活のなかで感じ取るのだ。そんなお百姓の心の優しさ、屋上田んぼを通してくっきりと浮かび上がる。
 持続可能な社会のための共生の理論は、そうしたお百姓の奥深さの中に眠っている。

 なーんて思っていると、害虫がとても憎くなったりする。
 8月にはいる頃には、稲は分けつもすすみ、葉も生い茂り、驚くほど成長していた。しかし、稲が生長するに従って目立ちだしたことがある。稲の葉の先が白っぽく、黄色っぽく変色していることだ。いかにも不健康ですという感じ。調査先の普通の田んぼの稲と比較すると、なおさら分かる。
 誰の仕業かは、分からなかった。肥料不足を一番に疑った。
 不安材料を発見すると田回りは一層念入りになる。葉をよく観察していく。すると、多くの葉に囓られた後がある。そんな葉の葉先はきまって変色している。いや、完全に囓りきられている葉も多い。肥料の問題なんかじゃない。絶対に虫だ。
 さらに観察。すると、筒状に丸まっている葉を見つけた。「なんだ?…こんな時は決まってこの中に虫がいるはず…」稲の葉の端と端が白い糸状のものでくっつけられ筒状になっている。指で丁寧に稲の筒を開いていくと、何かの幼虫が出てきた。
 何の虫か、害虫かどうかもわからなかったので、『田の虫図鑑』や『バケツ稲づくり指導書(先生用)』で調べる。「コブノメイ蛾という害虫…幼虫は葉を筒状に折ってその中に潜む。稲の葉をかじり、葉先が白っぽくなる。」やはり害虫だ。でも安心する。「コブノメイ蛾の食害は派手だが思ったほどは減収しない」(宇根、1989、p.29)そしてビックリする。「肥料の効いた田に多い」(宇根、1989、p.28)、「肥料の良く効いている濃い緑色で柔らかい葉を好む。」…肥料不足をずーっと心配していたが、屋上田んぼは肥料が効いているのか…。
 でもね、収量に影響が無くても、ここまで元気に成長した稲が無惨に囓られるのは複雑な気持ち、いや、はっきり言ってコブノメイ蛾、君、憎いよ。でも、それらを殺したりはしなかった。害虫でも屋上田んぼに来てくれた嬉しさがある。生態系を支える大事な命だということが実感できたから。 

 


その⑨-いろんなことが見え始めてきた-

 慣行農法で除草剤を使っている田んぼを知り、環境稲作のような上手い除草法が実践されている田んぼを知り、それでも雑草が生えてしまう条件の悪い田んぼを知り、屋上田んぼを作り、やっと解ったことが一つ。僕たちが試みたジャンボタニシ除草法、アゾラ抑草法はなんの意味もないこと…。
 簡単なことだ。僕たちが使った土は、九大の構内の土。コナギや、ウリカワ、ヒエなどの雑草の種子が混ざっているわけがないのだ。おまけに、使っている水も水道水源の冷却水。これにも種子が混ざっているわけがない。
 有機農家の田んぼの驚くべき数のコナギの数、合鴨農家の田んぼの驚くべきヒエの数を見てはじめて気がついた。普通の田んぼはこうなのだ。稲を負かしてしまうほどの雑草が生える。コナギは10年以上も土の中で眠り続ける生命力を持っている。そんな圧倒的な自然の力を押さえるために、お百姓は経験に基づいて知恵を絞り、除草法を、農法を開発する。
 僕たちは、そんな農業技術を普遍化するために、試験・実験を繰り返す。理論化する。でも、それは意味のないことかもしれない。お百姓は、田んぼ一枚一枚の個性を知り尽くして農法を開発する。研究者はそんな条件差を考えず、普遍化しようとする。そんなことを繰り返していても、研究者はお百姓の深みには絶対にたどりつけない。
 そんなことは、宇根さんがとっくの昔に『田んぼの忘れ物』で言っていた。でも僕が自分たちの間違いに気がついたとき、やっとそれが理解できた。僕たちはまだまだ未熟だ。でも前向きに考えよう。宇根さんだって、減農薬をすすめるへんてこな農業改良普及員からお百姓になったとき、多くのことが見え始めたという。僕たちもそう。屋上田んぼによって、やっと本当の農業が見え始めてきた。
 手足が生え始めた僕たちは、それが地についていないことに気がつき、もう少し手足を伸ばすことができた。

 そんなふうに自然の田んぼと屋上田んぼを比べることができだすと、もっと大事なことに気がつく。それは、屋上田んぼの面積と生態系との関係。
 夢っていうものは膨らむ。無限に広がる。稲が順調に生長して、アゾラが一面に広がり、ユスリカが屋上田んぼの一部にたかり、それをめがけて赤トンボも集まる。そうなると意気揚々だ。オタマジャクシもカエルも、どこかからもらってくればメダカも、ドジョウも、ゆくゆくはタガメタイコウチだって屋上田んぼに住むことができる! なぁんて思ってしまう。それが甘いことにやっと気がつく。
 頭では解っていた。高い頂点をもつ生態系のピラミッドを築くには広い底辺が必要なこと。例えばこうだ、野生動物ひとつがい、または一個体が生息するために必要面積は、コオロギの仲間なら0.5m2以上、タシギなら1ha、コウノトリなら200ha、イヌワシなら10、000~14、000ha(日本生態系協会、1998、p.51)。こんな二畳程度の屋上田んぼじゃ、オタマジャクシが関の山。屋上田んぼでタイコウチなんて馬鹿な話だ。
 ただの知識は、自分で生態系を作ろうとしたことによって初めて使うことの出来る知識になった。
 タガメタイコウチが自生するためには、ある地域一帯の水田を無農薬にする。化学肥料をやめて有機物を増やして微生物を増やし、水田生態系の根底を力強くする。水田と水路、河川、ため池の連携を復活させるために土水路に戻す、魚道をもうける。また、田んぼに注ぎ込む用水を健全にするために、山林管理を適切に行う、といった地域全体の生態系改革が必要となるだろう。そうしなければ、水田生態系の頂点に君臨するタガメタイコウチは戻ってこないのだ。だからこそ、現在、福岡県内にはタガメは確認されず絶滅状態。
 小さな一歩を踏み出せば、その一歩があまりにも小さすぎることにも気がつく。

 

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