その⑤-2000/6/23~、もっともっと生き物が豊かな田んぼへ-
田植えが終わり、いよいよ屋上田んぼが田んぼとなった。カラスも屋上田んぼに近づいていないようだ。
このころから僕は、辻くん、贄田くん、横手くんを連れて、糸島の環境稲作の調査にでかけていた。2年間の蓄積を元に、田んぼの見方、1枚1枚の田んぼの性質、生態系が違うことを説明する。彼らは、ジャンボタニシ、カブトエビを利用した除草技術を確立したお百姓の知恵、豊年エビの美しさ、オタマジャクシの多さ、田んぼの中にあるすべてに目を奪われる。贄田にいたっては「佐藤さんは田んぼ博士ですね」とまでいった。おいおい、お百姓や宇根さんはもっとすごいぜ。彼らにとってはそれだけ新鮮な驚きと発見がそこにある。彼らが、あたり前のことをあたり前に分かることが、すごいと思えるようになった。彼らに手足がのぞき始める。
こんな新鮮な感動を得れば、屋上田んぼでもたくさんの生き物を育てたい、これらを使って除草をしたいと思うのは当然のこと。調査がてら、生き物採集にいそしむ。青いポリバケツに、カブトエビ、豊年エビ、土ガエル、貝エビ、ジャンボタニシをゲット。屋上田んぼに放流。
でも、カブトエビや豊年エビはすぐに死んでしまった。輸送中に酸素不足になるのか、屋上田んぼの水の成分(塩素)がいけないのか、土壌中の有機物が少ないのか。理由はよく分からない。何度トライしても自生しなかった。でも貝エビはなぜか元気に育っている。人間の力は無力だ。思い通りに水田生態系を作ることができない。改めて自然のすごさを知る。
無農薬の米作りに励むお百姓は、「無農薬の米作りは除草がうまくいけばほとんど成功」という。屋上田んぼでカブトエビは自生しなかった。ジャンボタニシは食害がちょっと怖いので、水槽で試験区を設けることにとどめた。あとは…合鴨は面積的に無理だ。じゃ、アゾラだ。アゾラはいい。圧倒的な繁殖力で遮光して抑草効果が得られるし、窒素を固定するので穂肥にもなる。
早速、宇根さんに電話し、アゾラをもらいにいくことを約束した。6/23(金)のこと。はじめて宇根さんの住む集落を訪れる。谷間のいい集落だ。清流、イモリ、モクズガニ、谷間から覗く海。宇根さんともなると住むところからして違う。
その日は九州農政局長の任田耕一氏も宇根さんを訪問。この集落には似合わない黒塗りの車。宇根さんと畦で懇談中も、エンジン、クーラーつけっぱなし。「おいおい、農と自然の研究所代表の前やぞ」。心の中でのブーイングだ。でもね、現九州農政局長が、元福岡県職員、少し前までへんてこりんな農業改良普及員であった人物を訪問。この農政局長はひと味違うぞ。
宇根さんの田んぼで除草機押しを手伝い、アゾラをもらう。学校へ帰り屋上田んぼにアゾラをまく。水面の4分の1が隠れた。アゾラの繁殖力は2~3日で体積が2倍になるという。いつこの水面すべてがアゾラでうまるか。またまた、楽しみが増えた。
朝、田回りをすると、アゾラの上にまん丸の朝露がのってキラキラ光っている。すごい幸せを感じる。だれかに見せてあげたい。でも朝早すぎて教室には誰もいない。日が昇ってしまえばこの朝露はすぐに消えてしまうだろう。これは、僕だけの、お百姓だけの特権なのだ。
7/5(水)。韓国から留学中の朴さんと崔さんが、古野さんを訪問するという。古野さんは、合鴨水稲同時作にアゾラ、ドジョウを組み合わせ、田んぼを農業、畜産業、水産業として活用している。
僕にとってドジョウは魅力的な存在だった。一時期、僕はドジョウを探し回っていた。ドジョウの一種が絶滅危惧種としてレッドデータブックに載ったからだ。僕もさんざん田んぼを見て回っているが、ドジョウはお目にかかったことがない。なんとしても、田んぼや水路で自生するドジョウをこの目で確認したかった。田んぼはドジョウのような魚も育んでいることを実感したかった。
しかし、それはとても難しい作業であった。まず僕は、環境保全型農業の先進地域である前原市の調査を始めた。前原市を初めとする糸島地域では、85年からの減農薬稲作、それを更に発展させた環境稲作が展開されている。それにともなって、赤トンボも戻ってきたし、カブトエビや貝エビ、豊年エビも増えてきた。「この地域ならドジョウはいるはず」、僕は信じていた。しかし、実際に調査に出かけてみると、コンクリート張りの水路ばかり。泥なんか全く堆積していない。前原市は福岡市近郊、平野地域の条件の良い農業地帯だ。だから基盤整備が驚くほどすすんでいる。コンクリート製の水路、段差のある水路と田んぼ。こんなところで、メダカやドジョウが生きていけるわけがない。実際、環境稲作研究会メンバーであるお百姓を対象に生き物調査をしても、ドジョウの生息地を確定することはできなかった。
中山間地域である黒木町でも調査。山は近いし、川もきれい。ある集落では、合鴨農法も広がっており、農薬使用量が少ない。でも、お百姓に聞けば、ドジョウは最近見ていないという。こんな豊かな自然に囲まれた地域でもだ。1枚8a程度の棚田のそばを流れる水路も、やはりコンクリート張り。生産性が悪いからこそ、こうした整備事業を積極的に導入しなければならないというジレンマがある。
生き物に優しい農業の難しさを痛感する。農薬を減らすだけでは農業生態系は戻ってこない。メダカやドジョウを地域によみがえらせる為には、土水路や基盤整備をしていない田んぼが必要だ。でも、それはお百姓の負担を増すことを意味している。またまたジレンマが増え、頭が重くなる。
初めて水路でドジョウを見たのは、甘木市の秋月地域だ。ある縁があって、秋月地域のお百姓と話すきっかけができた。話を聞けば基盤整備がまだなされておらず、土水路で毎年溝ざらえをやっているという。「ドジョウはいますか?」。声が弾む。「ドジョウだって、メダカだって、ウヨウヨおる」。田んぼの生き物の楽園を見つけてしまった。その場で、溝浚えにカセイすることを約束した。
後日、鍬を借り、初めての溝浚え。土砂は水路沿いに残し、表面のトロトロ層は田んぼに入れる。奥深い百姓技術に四苦八苦しながら、丁寧に泥の中をのぞき込む。そう簡単にドジョウが見つかるものではないが、しばらく仕事を続けていると泥がヌメッと動く。ドジョウだ! それも20cmクラス!!
ドジョウを探していた頃、福岡市内のペットショップに通った時期がある。その時のドジョウの値段は5cmくらいで250円。お金の問題ではない。でも、それだけの価格で取り引きされる貴重なドジョウが普通に水路にいる。豊かな自然環境が残っている。お百姓はそれをあたり前のことと感じ、いつもと同じように百姓仕事を続けている。その結果として、多くの生き物を育んでいる。田んぼの生き物は、お百姓がいなければ、丁寧な百姓仕事がなければ生きていられないことを実感。
田んぼ自体に多面的機能や生き物を育む力があるわけではない。溝浚え、川浚え…農業を支えるお百姓の多大な労働、百姓仕事がゆたかな自然の恵みを生み出す。
そんな百姓の思いと仕事に支えられた生き物が屋上田んぼにもいれば…。考えただけでも楽しくなる。
そのドジョウが古野さんの田んぼやその周りの水路にたくさん住んでいる。朴さんと崔さんにドジョウをもらってくるように頼んだ。
翌日、二人に結果を聞けば、古野さんは快く僕の願いを聞き入れてくれたようだ。その数日前に、僕と古野さんは福岡県有機農業研究会の現地検討会で一緒に酒を飲み、古野さんはその時話題に上った屋上田んぼに大変な関心を持ってくれていた。古野さんは、自ら田んぼに入って小さなドジョウを捕まえ、二人に渡してくれたという。二人は、学校に帰ってすぐ屋上田んぼに、その小さなドジョウを放したという。
僕はそのドジョウを実際に見たことがない。でも間違いなく、屋上田んぼにドジョウが住んでいる。
僕たちの屋上田んぼは凄いことになってきた。中村修さんの土、椿原さんの稲、宇根さんのアゾラ、古野さんのドジョウ。時代を超え、地域を超え、立場を越え、多くの思いに支えられて、屋上田んぼの生き物は更に豊かになっていく。
しかし、それがお百姓でない僕たちの浅はかさであり、生き物を育むという点で、屋上田んぼが普通の田んぼの足元にも及ばないことがわかったのは、僕たちにもう少し手足が生えてからだった。
いつものように屋上に上がる。目を疑う。屋上田んぼの上を3匹の赤トンボ(ウスバキトンボ)が飛んでいた。赤トンボが田んぼで生まれることは、散々宇根さんの著作で教えられてきた。しかし、自分たちが今年作った田んぼに赤トンボが集まってくるなんて。それも6階の屋上の上。「トンボはこんな高い場所にも飛んでこれるのか!」
それ以上に…どうやって、この田んぼを見つけたのか? 水のにおい? 宇根さんが言っていたことを思い出す。「屋上田んぼをビオトープにするなら、アゾラは半分くらいにしてたほうがいいな。トンボは、水面がキラキラしてるのに集まってくるからね。」やっと理解できる。トンボは、空を飛びながら屋上のキラキラをみつけたのだ。屋上田んぼが凄いんじゃない。トンボが凄い。自然が凄い。でも屋上田んぼが、自然の田んぼに近づけたことの表れでもあった。
ここで赤トンボが産卵し、ヤゴでも生まれればもっとスゴイ!でも結局、屋上田んぼでヤゴは生まれなかった。この田んぼでは、子どもが健やかに育つことができないと判断したのかもしれない。水溜まりには卵を生まないのと同じように。やっぱり、トンボは偉い。自然は偉い。
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