食育研究家。九州大学講師/糸島市行政区長/1973年、大分県生まれ。農学博士。/年間の講演回数は100回を超え、大人向け学びの場である「大人塾」「ママ塾」「mamalink塾」等も主宰/主な著書に『いのちをいただく』『すごい弁当力!』『食卓の力』など、いずれもベストセラー/新聞掲載、テレビ・ラジオ出演も多数


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好き・感謝と尊敬は違うという話

ある人が、SNS
「子どもが『尊敬する人』の欄に
 親(お母さん)と書いてくれていて
 とっても嬉しかった」
みたいな記事をupしていた。
(写真付きで)

 

気持ちは分からないではないが
個人的になんか違和感。

 

その違和感を言語化してみる。

 

まず、
子どもが親の何を尊敬しているかである。
おそらく子どもは
いろんな面倒を見てくれる、いろいろしてくれる
いろいろ買ってくれる、親のおかげで生活できてる
とかいう理由で
→親のことが好き・感謝している→親を尊敬する
という思考プロセスになっている
すり替わっているのだと思う。


「好き」と「尊敬」は全く違う。
意味が違う。

 

具体的には
ウチの子どもはパパのことが好きだろし
尊敬もしてるというかもしれないけど
パパからすれば
「俺のなにを知っとん?」

 

自分で言うのもなんだが
私自身は尊敬されるようなポイントはあると思う。
「発想力」「行動力」「実現力」
「リーダーシップ」「いろんなスキル」
「利他の心」…等々。

でも、それは子どもたちは全く知らない。
地域のために一所懸命働いていることくらいは
知っているだろうが。

 

私の尊敬ポイントは
私と一緒に仕事した仲間のほうが
パパ友、ママ友のほうが
私の生徒さんたちのほうが
地域の方々のほうが
絶対によく知っている。

 

だから、子どもたちが
パパのことを尊敬していると言っても
パパ自身は
「好きとはき間違えてるんだろうな」
くらいにしか思っていないし
さらに言えば
「いやいや、世の中には
 尊敬すべき人はもっとたくさんいる」
「世界が小さすぎ」
「いろんな本を読み
 いろんな人に会い
 いろんな話を聞きなさい」
とさえ思う。

 

そう、子どもは
「尊敬」の概念自体定かではないし
尊敬に値する知っている人物の幅が
極端に狭いのだ。

 

別な言い方をすれば
「尊敬する人」の欄に
49歳の私が「親」って書いたら
こいつ大人として大丈夫か?
って思われるはず。

私は、親のことは好きだし
感謝もしているけど
尊敬はしていない(きっぱり)。

まぁ、でも
子どもがそう思うのは仕方ない。
それを含めて
いろいろ狭いのだ。
だけど、いい大人が
「子どもが尊敬してくれている」
と喜んでSNSにまで記事をupするのは
どうかと思う。
違和感を感じる。

 

 

いや、私みたいに来難しく考えすぎず
素直に無邪気に喜べる点が
実は尊敬ポイントで
子どもはそこを見抜いているのかも。

 

と、波が立たないように締めくくっておこう。

 

 

 

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