食育研究家。九州大学講師/糸島市行政区長/1973年、大分県生まれ。農学博士。/年間の講演回数は100回を超え、大人向け学びの場である「大人塾」「ママ塾」「mamalink塾」等も主宰/主な著書に『いのちをいただく』『すごい弁当力!』『食卓の力』など、いずれもベストセラー/新聞掲載、テレビ・ラジオ出演も多数


official web: http://goshisato1973.com/


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創作活動⑧-入院ショート6本目-

この入院ショート、
事実をネタ元にしているけど
あくまでもフィクションですよ。

 

 

『ステータストーク

入院して1週間。

話を聞いていると目の前の患者さんは、入院5回目というベテラン。ただ、今回は病気が重いようで、黄疸はひどく、腹水がたまり、抗がん剤の治療で食欲もなく、動けず、弱りまくっている。
入院5回目だから、看護師や、部屋の掃除をしてくれたりベッドのシーツを替えてくれる清掃員の知り合いがいる。


「久しぶりやね~」
「お久しぶりです。また入院なんですね。大丈夫ですか?お仕事、忙しかったんでしょう?」
「仕事は転職した。こうやって入院も自由にできる仕事」
「え~!羨ましい!」
「あ、でもね、給料は下がったよ。前は役員報酬もらってたから」
「え~、すご~い!」
とキャバクラのような相槌で、患者さんはドンドンと口が滑らかになり「外国人相手に英語で営業していること」「どうやって英語を勉強しているか」「中国人の英語の習熟度合い」「中国やロシアの独裁政治について」と話が止まらない。

その「自分が社会に出たら、どんなに活躍しているか」というステータストークを興味深く聞いていた。今は、トイレさえ自分の力で行けないのに、意気揚々と語り続ける。男は病気になっても男なのだ。
いや、むしろ、自分の衰えを自覚しているからこそ、そうしたトークで自分の尊厳を、自分で保っているのかもしれない。

 

その晩、私は昨日の治療のせいか、私は40度を超える発熱。先生がすぐに飛んできて、「患部からバイ菌が入り、全身に回るといけないから抗生物質を点滴しましょう」、ということになった。


点滴を入れてくれるのは、新卒の看護師さん。

注射を血管に刺すのが苦手なようで、何度か失敗し、「すいません…」「も、もう一度別なところに…」と挙動不審に。先生も後ろから、ずっと見守っている。

「先生が後ろから見てるから緊張するよね。大丈夫、何回でも挑戦すればいい。やらなければ上手くならない。やれば上手くなるよ」と声をかける。優しくて寛容な患者さんステータスだ。
「ありがとうございます。怒られることも多いから…」と少し、安心した様子。

 

しかし、針が無事に入って、その後がよくなかった。
「あ、○○を忘れたんで取ってきます」とナースステーションに戻ること2回、「あ、手袋してしまったんで、先生、これ開けてください」と先生を使ったり。
さすがに見るに見かねる。

 

注射が上手くいかないのは仕方ない。それに時間がかかるのも仕方ない。でも、それはすぐに上手になるはず。
だけど、処置の途中に「○○を忘れた」とナースステーションに取りに戻ったりするのはよろしくない。このオペレーションを見ていて、「ムダな時間」とは「移動の時間」と「探す時間」だ。
トヨタカイゼンって知ってる?
生産性を上げるために、無駄な作業や動作を省く方法を分析して実行する仕組み。トヨタはそうして世界企業になったし、カイゼンはいろんな企業に導入されている。
具体的に、私が君なら、まず、必要なものがあるかどうかを最初に確認する。何が必要かわからなければ、一度、事前にリストアップしておく。一度リストアップするだけで、2度としなくていい。
そして、置き場所も考える。それが、右に置いてあるか、左に置いてあるかで作業効率は変わってくる。
当然、段取り、プロセスをシミュレーションしとかないといけない。
そうやって、準備がしっかりとできた時点でスタート。そうすれば作業は絶対にスムーズになるよ。
それが毎日、何回も続き、1年、3年と続く。効率化された作業、削減された時間、心理的ストレスの解消も計り知れなくなるよ。

 

そう。
そして、私が何回か入院を繰り返し、入院のベテランになって、君と再会したときに、君は言うはず。
「あの点滴のおかげで人生が変わりました」

 

とまで、妄想したところで、「これ、仕事ができる人と思われたい、ステータストークじゃん…」と、何も言わず、黙って点滴に耐える。

(おわり)