小郡市での講演の感想

小郡市での講演の感想

 

とても聞きやすくアッという間でした。子どもに「経験」をさせていないことに気づきました。経験をさせ、将来、本人がまた次世代に伝えていけるように大人が伝えていきます。やらせます。できる事を増やします。

日頃の自分の食事の準備や食に対しての意識を反省しつつ、将来の子どもたちの幸せを思い描きながら、これからは台所に立ち、食卓に座りたいと決意できました。ゴーシ先生、ありがとうございました。

何となく知っていたことではありますが、再確認することができました。働きながらの育児はなかなか難しく、出来合いのものに頼ったりする事や、簡単メニューに助けられる事も多いのですが、出来る限り、手をかけて準備することを心がけたいなと思いました。自分の気力と身体のバランスも考えつつ・・・。

 2010年(?)城島の方であったナースアウトで佐藤先生の講演を聞きました。その時授乳していた息子も今年1年生になりました。朝が忙しく朝食を見直す機会となりました「ここ―食卓から始まる生教育」の本もスライドも内田先生の講演も竹下先生の講演も何度も聞いていますが、毎回号泣して自分の心のメンテナンスができてます。今回、久しぶりだったのでうれしかったです。また参加したいです。

毎回、食事作りやおやつの準備(お菓子でないもの)に疲れたりすることもありましたが、これまで通り頑張っていこう!間違っていなかったと思えて安心すると共に嬉しかったです。

自分の子の栄養を考えた食事を出すことはしているのだが、一緒に三食共にする事は出来ていないので、見直したいと思いました。食が満たされていない子に対し、心を満たせるように、自分が出来る事はないかを考え、行動にうつしていきたいです。

「何の講座だったっけ?」と思いながら日々に追われ、明日の予定もはっきり分からないままきましたが、来てよかった。タイトルに予約したときに引き込まれたのを来て思い出し、むっちゃ勉強になりました。料理は苦手意識が強く、手料理に抵抗があり、つい、一品は“チン”を入れてしまっていました。そして、子どもに美味しいと言ってもらえてホッ。そうじゃないんだ・・・手料理で愛情を伝える。下の子どもも1歳を過ぎ、料理作りに時間をかけられるようになってきたし、愛情を伝えたい、その為に(料理技術上げるためにも)毎日もっと頑張ろう。

食の大切さが、本当によく分かり、先生の熱意が伝わってきました。「たまには弁当やめて、ハッピーセットがいい」と言いますが、弁当を作り続けます。ありがとうございました。

家族の勝手でしょ等、驚くことも多い講演でした。お弁当の日の取り組みがいいなと思いました。家でも少しずつやらせていくといいんだなと思いました。

 毎日ご飯は作って、子どもに食べさせていましたが、こんなにも大事な意味があって大切な時間なんだと考えさせられました。これから、子どもも成長し、生活スタイルも変化していくと思いますが、食事の時間だけは大事にしていきたいです。

生きることは食べること、この大切さを改めて感じました。子が食べたいものを作るのではなく、食べさせたいものを作ることが大事と聞いて、自信を持てました。とても勉強になりました。

食と性と生はつながっていることが自分の中で納得できました。学級崩壊の要因の一つに朝食の内容があるということで、朝食はしっかり摂らせて基本的な生活をしっかりおくることができるようにしていかなければけないと本当に思いました。母親の役目は生(食)を未来につないでいくことだと思います。

食育が子どもの人生に影響するという事、考えた事もなかったです。食事で子どもに伝えること、学ぶことを大切にしたいです。

今日講演を聞けてよかったです。小さい子どもがいますが好き嫌いが多く悩んでいました。でも今日の講演でどうしていったらいいのかみえてきました。ありがとうございました。

手間暇かけられないのは社会が便利になりすぎている事に改めて危機感を持ちました。家庭での食事の大切さをもっと次世代に伝えなければ。子どもに「お母さん仕事で疲れたけど夕食頑張って作るね」と言ったら「疲れたんなら作らんでいいよ。オレ、インスタントラーメン作って食うから。」と言われた。「でも作るから食べろ」と言いました。これで良いのかな。

今、5才の娘がいて、キッチンに手伝いしたいとよくくるんですが、火がこわいのとケガも心配でなかなかお手伝いさせていませんでした。でも、少しずつ何でも手伝いさせてみようと思いました。朝ご飯もこれからパンよりご飯とみそ汁にしていきたいと思います。

「今」の子どもたちの心と身体を満たしてあげたいと共にそだだけではなく子どもたちが巣立つ時、彼らが結婚して子どもと食卓を囲む時、孫へと伝承させていくまでの長い長いスパンで食卓を考えていきたいと思いました。ゴーシ先生、また来年も呼んでください!!!

講演を聞いて満足するのではなくできる事から実践したいと思いました。

料理がヘタで作るのが億劫で、でも子どもに食べさせたい・・・と日々葛藤の中で過ごしていましたが和食中心で、手間暇を惜しまない私自身の生し方スタイル、時間調整もしていこうと思いました。手作り愛情を家族に伝えられるように・・・

貴重なお話を伺い有り難うございました。食の大切さを意識はしながらもなかなか実際にはという事もありますが、この大切さを若いお母さん方、ご飯が食べれていない子どものお母様方にも、私なりに伝えていきたいと思います。私の孫(男)が家を離れての大学1年ですが、1ヶ月経った時家に電話があり「お母さんがいつも作っているみそ汁が食べたいから使っているみそを送って欲しい」と言ってきたとのこと、嬉しいことでした。嫁はみそ(朝倉のみそ)と一緒に穀物なども送ったとのこと。ごはんとみそ汁は毎日食べているそうです。

 

糸島ビアファーム2017、いよいよ明日!

ゴーシ先生がプロデュースする
『糸島ビアファーム2017』。


いよいよ、明日です。

 

天気予報では
前日の今日(9/22)は
かなりの雨との予報でしたが
ほとんどふらず、
地面もぬかるむことなくほぼ
完璧な状態。


写真のような
最大規模の
寒冷紗テント(客席)
も準備しました。

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かつてない広大な会場で
子どもたち、大はしゃぎだと思います。

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大型農業重機、並べます。
動かせませんが、乗り放題です。

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旧式FORDのトラクターでトレーラーをひく
「えーだ豆号」での農村ツアー。
今年も準備万端です。

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子牛とのふれあい体験もあります。

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去年は準備できなかった
イノシシの丸焼きもあります。

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天気もバッチリ。
テレビでおなじみの
あの気象予報士さんも来場されます。


糸島グルメに生ビール。

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この生ビール原料はこの畑でとれた麦です。

 

なにより
完璧な状態の枝豆。

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みなさん、覚悟してお越しください。
楽しすぎますよ。

 


子どもたちは、今日の準備の段階で
「帰りたくない」
と言っていました。
糸島ビアファーム2017↓

糸島ビアファーム2017

 

この世界の片隅で

今日は熊本大人塾。

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熊本地震以来
「熊本のために自分しかできない
 継続的な支援」
を目標に継続しています。

 

熊本大人塾の目標は
熊本地震は局所的なので)
自己実現できる人を増やし
経済を回していくこと。

参加費は頂くけれど
それを義援金に回し
かつ、熊本で
飲食、宿泊し
熊本経済を回していくこと。

 

 

しかし、今日はなぜかホテルが取れず
熊本大人塾終了後、帰途へ。

 

 

眠さを紛らわすため
DVDを流したら
これ、車で見たらイカンやつでした。

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号泣するシーンはないものの
しみじみと涙があふれ続け。。。

 

 

テーマや
メッセージを解説しようとは思いませんが
なによりもまず、
反省しました。

最近の北朝鮮
ミサイル発射や核実験関連の報道を見ていると
「とっとと、空爆でも斬首作戦でも
 決行すればいいじゃん」
なんて気持ちが起きます。

 

 

でも、どんな国にも
罪もない
子どもや女性、国民がいて
みんなそれぞれ
自分の人生において
ご飯を食べ
恋をし、結婚し
結婚しても初恋が忘れられなかったりし、
地域のしがらみにまみれながらも
でも協力し
生活の工夫をし
哀しいことを乗り越え
生きている。

 

「とっとと、空爆でも斬首作戦でも
 決行すればいいじゃん」
なんて思ってしまう自分を
大反省。

 

それにしても
広島弁のすずちゃんが
かわいすぎる。

 


映画『この世界の片隅に』予告編

理解と思考の広げ方②

芭旺君は
『見てる、知ってる、考えてる』
の中でこういうことを言っています。
 
起こった出来事は一つだけど
その気分は自分の変換機ひとつで
すべての意味が変わってくる。
 

 

「馬鹿」という言葉にしても
それはいいことでもないし
悪いことでもない。
言葉に意味はない。
言葉に意味を作るのは自分だ。

 

 
物事に重さはない。
ただ、その人が「思い」と感じている。
ただそれだけ!

 

 
これ、
なかなか深くて
現象という100%事実があるとしても
それを認識、理解できるのは
自分次第なのであって
自分の認識、理解方法では
100%事実の現象だって
事実じゃなくできる
というようなことを
言ってるのだと思うんです。
 
この思考方法のすごさを
なんとか理解しやすいように
表現したいと
5段階のゴーシモデルを考えてみたのでした。

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理解と思考の広げ方

先日の岩切やよいさんのお話を聞き

www.goshisato1973.info


中島芭旺君の『見てる、知ってる、考えてる』
を読み直し、

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「なぜ、こんなに思考、行動が自由なのだろう?」
と考えています。

 

そこで、
ゴーシ先生なりのモデルを考えてみました。

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まず、目の前である現象が起きます。
目の前に彼岸花が咲いていたり
子どもが「学校に行きたくない」と言い出したり。
これは100%事実です。

 

私たちはまず、それを認識します。

 

事実として認識されますが
重要なのは現象の100%を
認識できていないということです。
見えていないこと、
感じ取れていないことも
たくさんあるのだということを
知っておかなければなりません。

 

次に、その認識を「理解」します。
その理解のために必要なのが言語能力であり
語彙力がその理解を規定します。

 

具体的に例えれば。

 

「好き」「嫌い」という語彙しかなければ
目の前にいる人は
「好き」「嫌い」のどちらかです。
でも、
「狂おしいほどに恋い焦がれる」
「命を懸けていいほど愛おしい」
「夜眠れないほど憎らしい」等々の
言葉を知っていれば、
目の前の人を、
そういう存在として理解することができます。

 

つまり、
言語能力、語彙力が
理解の正確性、
それから多角性も保証すると思うのです。

 

その次に、「思考」がはじまります。
思考も100%、個人の自由なのですが
そう自由には思考できません。

 

これまでに刷り込まれた常識や
「~べき」「~ねばならない」
という観念があるからです。

 

そんな常識や観念から
思考を解放し
その幅を広げ、
深さを掘っていく必要があります。

 

そのときに必要なのが
出会いであり、他の人の話を聞くこと。

 

 

でも、人に会い、話すのは
物理的な限界があるので
読書が有効になります。

 

読書によって
その著者と自分との脳を繋げ
その人の思考方法を手に入れることができます。

 

やよいさんにも
「本読んでるでしょ!?」
と質問したら
「息を吸ったら吐くという位の
 ただの日常だから
 本がめっちゃ好き!
 ということすら気づかない感じ」
とのこと。

 

芭旺君、お母さんの読んでいる
堀江貴文さんの本を読んで
「この人に会いたい」
となったらしい。

 

 

思考の幅が広がれば
理解にフィードバックされ
「その理解でいいの?」
となり質が高まる。
再び、思考の質が高まり
行動の質が高まります。

 

 

つまり、読書が
理解の質を高め
思考の質を高め
行動の質を高める。
だから、人生の可能性を広げる。

 

 

『見てる、知ってる、考えてる』
を読み直して
カントみたいなこと考えてしまった(笑)

豊田真由子衆院議員の記者会見を見ながら、ずっと思っていたこと。

9/18のテレビは、
豊田真由子衆院議員の記者会見一色。

 

以前から、気になっていたことを
書き残しておくと
豊田議員は
「人から怒られる」
ということを恐れすぎてる。

 

暴言の中にも

「私の支持者を怒らせるな!」
「つもりがなかったら代議士に恥かかせていいの!」
「つもりがなかったら支持者にバースデーカード
 違う名前で出していいの!」

とある。

 

支持者だって大人なんだから
バースデーカードのあて名が間違ってたくらいで
怒らないと思うけど
でも
「怒られること」恐れすぎている。

 

そういう人は
・人のせいにして
・自分の非を認めない
傾向にあるが
豊田議員も全くその通りだと思う。

 

豊田議員の本性を垣間見たのが
記者会見の最後。

 

週刊新潮の記者の質問に
顔色が変わり
質問を遮り
「論点がずれているが、
 あなたがおっしゃったことは
 私が嘘を言っていると…」

スイッチが入り
論理的にマウンティングしていく。

 

 

こういう人って
「~べき」
「~ねばならない」
という
厳格な母親に育てられ
その母親に
怒られないように
褒められるように
母親の顔色見ながら
育ってきたんだろうなぁ
なんて思っていたら
こんな記事。


突如、少女時代に戻ったかのような
幼児言葉で
意味不明に脈絡もなく、
嗚咽を交えながら
喚き始めた…
「怖いよー
 ママ、ママ、 ママごめんなさい、
 ごめんなさいママ。
 ううう、ママーっ! まゆが悪いの、
 ごめんなさい、ごめんなさい、
 ごめんなさい、うううー」
週刊新潮9/21号)

 

また、9/17放送のフジテレビ系情報番組
「Mr.サンデー」のインタビューを受け、
そのなかでこのようなことを語っている。


塾を経営していた両親の家業が傾いた生い立ちを語り、
「経済的に苦しいという経験もしていますし、
 アルバイトしながら、
 常にがんばんなきゃ、
 もっともっとって…。
 認めてもらえないというか…」
と述べ、
「自分に自信がないんですね、
 小さいころから自己肯定感が低いというか」
と述べた。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170917-00000525-san-pol

 

週刊女性』は
豊田氏の両親への取材も敢行している。

 

娘の心情を必死に理解しようとするあたり、
父親としては何があっても信じてあげたいのだろう。
ここで母親が現れ、苛立った様子で割り込んできた。
「マスコミは相手にしませんので…」
続けて激しい口調で、
「もう、いいから早く家に入んな!」
と夫にまくしたてると、
こちらの取材には答えてくれなかった。
所作や話し方が豊田議員とそっくりだ。
http://www.jprime.jp/articles/-/10054?page=2

 

勉強ができる人って
逆から見れば
「勉強ができないと認められない」
という学習依存だったり
自己肯定感が低い人もいる。

 

大切なのは
そのままでいい
ありのままでいい
そこにいるだけでいい
あなた自身が大切
ということ。