一仕事目。
大入白山神社内の3枚の大絵馬。
飾られている御籠り堂は
小さな白熱灯しかなく
薄暗く、見えにくい。
そこで、昨日、写真を撮っておいて
入院中に加工しようと考えた。
(スマホで相当明るさが補正されている)

大入白山神社御籠り堂の正面の大絵馬。
「大入村中」とある。
物語りは歌舞伎で有名な仙台萩。伊達三万石のお家騒動の一場面であり、徳川幕政時代には、お家騒動はご法度、お家断絶の厳しい掟。その生々しい一面が描かれてある。
起源は定かでないが、大入村では村芝居が盛んで各方面に田舎役者として出張してあり、数多くの エピソードが残されている。話では、名高い千両役者からの指導であったとか。その真偽は定かではないが、「仮名手本忠臣蔵」、「仙台萩」、「熊谷陣屋」等々が演目。
これを
鮮明にし、台形を長方形に補正。

次。

見返りには、鯨の絵馬がある。
明治38年、大入村中奉献とある。日露戦争の必勝祈願と合せ持った奉献だと思う。絵馬の左隅には昭和17年頃迄あった網小屋迄が画かれている。
鯨(くじら) 一頭捕れば10里四方が潤った時代。
海抜45メートルの 「配崎山」、明治の後期迄、山見があり当時は山檀那と呼ばれ、鯨、イワシの大群を見つけた時は素早く、勢子船に知らせる。当時は、大人でも捕獲されたクジラで賑わったのであろう。
これを
鮮明にし、台形を長方形に補正。

次。

東側の約三尺五寸平方の絵馬。明治22年奉献。「大入村中」とある。賤ヶ岳の合戦であろうか。羽柴秀吉軍と柴田勝家軍の合戦。天下統一の前哨戦でもあったと云われている。七本槍で有名。千成瓢箪(セナリビョウタン)の絵があるから間違いないはず。
日清・日露に連戦連勝 世界に名を躍進したのもこの時代。全国民が強いものに憧れたのも 当然である。戦勝祈念戦勝祈願として奉納したのであろう。
当時の絵馬の大半は強い武士道、勝ち戦が大方である。
これを
鮮明にし、台形を長方形に補正。

一瞬で終わってしまった…。
これを素材に
大入の伝統文化と
大入白山神社についてまとめた
パンフレットを作る予定。
これは時間がかかる…はず。
そう期待する。
※病状が悪化したわけではなく、よくなっているので、万が一のリスクを減らすための計画的・予防的入院です。