食育研究家。九州大学講師/1973年、大分県生まれ。農学博士。/年間の講演回数は100回を超え、大人向け学びの場である「大人塾」「ママ塾」「mamalink塾」等も主宰/主な著書に『いのちをいただく』『すごい弁当力!』『食卓の力』など、いずれもベストセラー/新聞掲載、テレビ・ラジオ出演も多数


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夢教育偏重

昨日(3/8)の福吉中学校卒業式。

最後のホームルームの1分間スピーチでは
「高校では、それぞれの夢に向かって頑張ってください。
 応援しています」
という趣旨のスピーチがすごく多かった。

 

個人的には
夢は、あったらあったでいいと思うし
でも、なくてもいいと思う。
逆に夢に縛られすぎると
見えなくなるものも多いと思う。

 

まず、夢と志は違う。
ここが同一に語られてしまっている。
個人的には「夢はなくてもいいけど志は絶対に必要」。
例えば
「学校の先生になる」→夢
「一人でも多くの子どもの自己肯定感を高めたい」→志

 

同じ意味で
夢というものが
職業とほぼ同一に語られている。

そうすると稼げない職業は
夢からこぼれていく。

上記の例では
「一人でも多くの子どもの自己肯定感を高めたい」
のであれば、放課後ボランティアや
子どもの居場所づくりでもいい。

 

わがことで言えば
「行政区長になって、地域課題を解決し、
 一人でも多くの人がここに住んでよかったと思えるような…」
なんて中学生はいないだろう。
行政区長の手当は死ぬほど安いし
そもそもその意義が理解できない。
ウチの子どもたちでも、理解していないはず。

夢は?
と聞かれ
「総理大臣になることです!」
と言えば、スッゴってなるのに
「行政区長になることです!」
と言う子がいないのは
そんな諸々の理由からだろう。
志という意味での本質は全く変わらないのに。

 

私自身は
行政区長をやって
筑肥線100周年記念事業を大成功させ
『福吉の学校の未来』で福吉中学校の在り方をまとめ
本当にいい経験をした、よかった
と思っている。
でも、そんなことを「やりたい」と
思い描いてたかというと
全くそんなことはない。
天命によって
「やらなければならない」
「やる意義がある」
ことを目の前に突き付けられる。
夢はなくても、それを全うしていくだけでも
幸せな人生はまっている。

 

加えて。

社会や技術の変化は激しい。
さらに早くなる。
今、流行りの職業はどんどん終焉を迎えるし
予想もしていない職業が生まれていくだろう。

 

そんな例を挙げだしたら
枚挙に暇ない。

 

だから夢はなくてもいいと思うし
夢に縛られなくていい。
むしろ今の学校が「夢教育偏重」すぎる。
その無限の可能性がある両手から
零れ落ちるものが多すぎる。



 

 

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