「子どもにゲームを与えると
ゲームばかりやってバカになる」
という声はよく聞きます。
まぁ、ゲーミフィケーションと言って
面白いように、毎日したくなるように
設計されているから
そうなる可能性もあります。
ただし、
それはゲーム以外に面白いことがないからであり
ルールを決めていないから。
自由に扱える環境を作っているから。
今日の本論は
そこではありません。
とらじろうを見てて思うのが
ゲームにも個性が現れる。
例えば、一時期
スマホの無料ゲーム『にゃんこ大戦争』をし
オンラインで友達とつながり
無料ゲーム『フォートナイト』をし。
でも、すぐに飽き。
パパが暇つぶしのために買った『ポケモンsv』。
とらじろうも自分のアカウント作ったけど
すぐに飽き。
現在は、ジョジョゲー。
聞けば
「ポケモンは自分が闘っている気がしない
jojoは自分が闘っている気がする」
つまり、とらじろうは
収集性とか成長性にあまり興味がなし。
ブラジリアン柔術や
空手をやっているとらじろうにとっては
「自分が闘っている感じ」
が大事だってこと。
しかも、
ずっとゲームをやっているわけではなく
すぐにマンガを読み直し
ここはこのシーンだよね
このセリフはここだよね
とか言ってくる。
で、部屋に戻って
好きなキャラやシーンの
漫画を描く。
そして、また
ゲームしながら
暗記した
マンガ内のセリフを呟いてる。
ある意味、パパと同じ
ストーリーテラー。
頭の中で
いろんなピースを組み合わせ
再編集し
勝手に感動してる。
でも、その感動が大きくなれば
いつか人に伝わる。
机の上で
お勉強だけしてても
そんな力は絶対に身につかない。
だから
「子どもにゲームを与えると
ゲームばかりやってバカになる」
というのは
これからのAI社会では
絶対に違うと思う。
勉強ばかりして
いい学歴を積むばかりでは
バカになる
社会に通用しなくなる
という時代になったんじゃないかなぁ。
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