「多様性」と「自由」は実は不自由、という話

以前、大坂なおみ選手が
2019年に全豪オープンで(日本人)初優勝したとき
FBにその記事が溢れかえった。

 

単なるシェア記事や
「おめでとう!」くらいの記事で
何の付加価値もない記事だ。

 

FBはpush型メディアなので
人に強制的に見せつけ
人の時間を奪ってしまう。

だから、付加価値のない記事なら
pull型のblogとかに書けばいい。

 

「人の時間を奪ってることに気が付かないなんて
 頭悪いんじゃないか」
みたいなことを書いたら
プチ炎上した。

 

論調としては
「多様性を認めるべき」
SNSをどう使おうが個人の自由」
という感じだ。

 

そんなコメントに対して
「あなたは、
 私の意見の多様性も認めるべきだし
 私がSNSをどう使おうが自由」
とコメント返ししたら
何も言わなくなった。

 

「多様性」「自由」
という言葉は
一見正しくて、優しくて、寛容だ。

 

だけど
それをそれを追求していくと
誰かがイヤな思いをしようが
誰かの気持ちがザラつこうが
誰かの時間を奪おうが
「多様」なんだし「自由」なんだから
ということになる。

 

当然、人の権利を侵害するのは
絶対にNG。

 

では、そうではなくても
何にイヤを思うかは
何にザラつくかは
人によって全く異なる。

 

ある人は
「頭悪い」という発言に対してだったし
ゴーシ先生は
「時間を奪われること」
だ。

 

だから、
「多様性」「自由」なコミュニティ(SNS)は
実は、すごく不自由で
みんながガマンしなければならない
SNSとなる。

 

所詮、SNSなのにだ。

 

言いたいことがあれば
ちゃんと言う、
言ってあげるほうが
実は優しい。

 


ゴーシ先生自身は
すぐに(付き合いたくない相手、
一緒に時間を費やしたくない相手を)
ブロックするけど
実は、それも優しさだと思ってる。

自分のためにも
相手のためにも
みんなのためにもなる。

 

「いーや、冷たい」
「非情」
「不寛容」
「多様性を認めるべき」
という声もあるかもしれないけど(笑)。


冒頭部分に戻る。

 

 

 

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