食育研究家。九州大学講師/糸島市行政区長/1973年、大分県生まれ。農学博士。/年間の講演回数は100回を超え、大人向け学びの場である「大人塾」「ママ塾」「mamalink塾」等も主宰/主な著書に『いのちをいただく』『すごい弁当力!』『食卓の力』など、いずれもベストセラー/新聞掲載、テレビ・ラジオ出演も多数


official web: http://goshisato1973.com/


佐藤剛史の著作一覧


佐藤剛史への講演依頼

講演依頼フォームはコチラ


佐藤剛史の講演のサンプル動画


佐藤剛史への連絡は→goshisato1973@gmail.com

友だち追加

「夫なんて早く死んでくれたらいいのに」論

「夫なんて早く死んでくれたらいいのに」
実際に、そんな考えの妻はいます。

 

DV、モラハラに悩む妻は当然。

 

そうでなくても
愛情は消え失せ
精神的・生物的な夫婦関係は
破綻しているのに
なぜ法律的な
夫婦関係を維持しているかと言えば
「子どものため」
「稼いでくれているから」。

でも、冷静に考えてみましょう。

 

夫が死ねば…夫が死んでも…

  • 住宅ローン、無くなります。
  • (入っていたら)死亡保険入ります。
  • (入っていたら)遺族年金入ります。
  • (子どもが小さければ)子ども手当入ります。
  • 母子手当入ります。
  • 母子家庭の優遇措置受けれます。
  • (所得が少なければ)高等教育の入学料や授業料免除される可能性高いです。

 

いつクビになるかわからない
65で定年を迎え
いつまで生きるかわからない
介護も必要となるかも知れない
そんな夫を抱え続けるって
結構リスクです。

 

こう考えると
いろんな意味で夫には早く死んでもらったほうが
安定的なのかも知れません。

 

それに気がついている妻は
思うでしょう。

「夫なんて早く死んでくれたらいいのに」

でも、ここには
いくつかの問題提起があります。

 

その1。
それが事実だとしても
そう思い続ける人生が
本当に幸せなのかということ。
それが実現したときに
本当に幸せだと
実感できるのかということ。

 

その2。
「夫なんて早く死んでくれたらいいのに」
と思う妻は結構いるとしても
「妻なんて早く死んでくれたらいいのに」
と願っている夫は少ないはず。
それはなぜかというと
家事や育児を妻に依存しているから。

 

「夫なんて早く死んでくれたらいいのに」
と思うことが出来るのは
夫が死んでも
生活できる、子育てできる
社会環境、制度が整備されたから。



ということは
すごく皮肉を込めて言えば
男女平等とか男女共同参画とかが
本当に実現できた社会は
「妻なんて早く死んでくれたらいいのに」
と思える夫がどれだけいるかが
KPI(key performance indicator)
になるのかもね。

 

その3。
なんでこんなコンフリクト(矛盾)が
生まれるのかと言えば
これまでは
生活、性、経済、子育て・教育を
すべて家庭、家族という枠の中で
完結させようとしすぎてたんじゃないかな。


例えば
教育(子どもの学力)はフィンランドのように
「国、学校の責任です」
ってすればいいし
子育てだってフランスのシラク3原則のように

  • シラク第1原則:「女性は産みたいときに産んでください」
  • シラク第2原則:「赤ちゃんを必ず預けられる場所を用意する」
  • シラク第3原則:「育児休業取得後、元の人事評価のランクで職場復帰できる」

ってすればいい。
(ただ、スウェーデンモデルはダメだと思います)


少なくとも
「早く死んでくれたらいい」
と思ってしまうような
夫側からすれば
「俺、今死ぬほうが家族のためになるんじゃない?」
と思ってしまうような
インセンティブが働く社会は問題だと思います。

 

ゴーシ先生のonline salon ←クリック

 

8:00に配信、ゴーシ先生のLINE@↓
友だち追加

この記事に、いいね!
と思った方は是非、読者登録を↓