ボランティア論

今日は、福岡教育大学
「ボランティア実践入門」。

 

この授業が始まったのは
たぶん、10年くらい前で
最初は20名くらいが受講するくらいの
授業だったのが
学生の評判も良く
また、大学の思惑と一致したためか
一学年のほぼ全員が受講する授業となりました。

 

今日も特一教室で
1限160人満席
2限160人満席。

 

1、2限連続って
めっちゃハード(笑)。

 

ところで、最近
「ボランティア」「ボランティア」
と言うことに
すごく違和感を感じていて
その理由を
息の車の中で考えました。

 

 

結論から言えば
ボランティアの原理の一つである
「無償性」、
そして
「非営利性」
なんてことが
全く、意味をなさなくなってきたと思うのです。

 

例えば
googlefacebooktwitter、等々
全部、無料で利用できます。
では、これらの企業が
ボランティアかと言えば
そうではなく
完全な営利企業
単なるフリーミアム戦略です。
マネタイズのポイントをずらしているだけです。

 

つまり、ユーザーにとっては
同じタダなのだから
提供側が
ボランティアなのか
営利企業フリーミアム戦略なのか
なんてどうでもいいのです。

 

逆に言えば
現在は、ボランティアも
完全無償ということはなく
クラウドファンディング等を使って
資金調達しています。

 

完全無償労働だけが
素晴らしいわけではありません。

 

 

例えば、ある地域に災害が起きた場合
ゴーシ先生が1時間
汗水流してボランティア活動に参加することも
素晴らしいですが
同じように1時間、
どこかで講演して
その謝金10万円を
被災地に贈ることも素晴らしい。

 

そう考えていくと
ボランティアと言う
カテゴリーが
意味をなさなくなっていきます。

 

 

現代は
インターネットによって情報収集が民主化され
SNSによって情報発信が民主化され
クラファンによって資金調達が民主化されました。

つまり、やろうと思えば
誰でも何でもできる社会です。

 

「ボランティアだから
 お金がとれない…」
「お金がないから
 ボランティアで…」
ではなく、
知恵を使って
マネタイズすればいい。

 

これだけ社会環境が整っているのに
なんでも完全無償労働でやろうとするって
「知恵が足りません」
と言っているようなものです。

 

最も大切なことは
目の前の人を幸せにする、
自分の力で社会をhappyにする、
付加価値を創る、
その方法論の一つに
ボランティアという選択肢が
位置づけられているにすぎません。

 

だから、
ボランティアそのもの
ボランティア云々ではなく
それをとりまく
これからの社会と言う
一回り大きな話をします。

 

と言って、
ほぼ、ボランティアの話はしませんでした(笑)