これからのAI社会の生きるための力

沖縄での「学力・語彙力セミナー」、
その往復で落合陽一さんの
『日本再興戦略』を読みながら
「これからのAI社会の生きるための力」
について改めて考えました。

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調べてみると
例えば「確かな学力観」(文部科学省)。

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「社会人基礎力」(経済産業省)。

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「キーコンピテンシー」(OECD

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など、いろいろありますが
なんか求めているものと違う。

 

重要な
「共感力」「言語能力」
というキーワードがないし
十分にカテゴライズされていないし
なによりも
AI社会を見通していないように思います。

 

じゃぁ、ゴーシ先生が
考えるしかない(笑)

 

 

AI社会において
人間に求められる力とは
究極的に言えば
「人間にしかできないこと」。

 

そして、それは
「人を感動させること」
だと思います。

 

例えば
自動運転が発展しても
自動運転のF1を見るために
世界中から人は集まらないでしょうし
正確無比にロボットがピアノを弾ても
そのコンサートにお金を払う人はいないでしょうし
いくら強くてもAIがやる将棋に
熱狂しないでしょう。

 

人がやるから
感動し、そこに価値が生まれます。

 

 

例えば、銀行員のような事務仕事は
AIが最も得意な分野で
簡単にとってかわられるでしょうし
実際に
みずほFGが1万9000人
三菱東京UFJ銀行が約9500人
三井住友FGは約4000人
の業務量削減を発表しています。

 

税理士、会計士なんていう仕事も
制度が複雑になったため
それをこなす専門職が必要になっただけで
付加価値を生み出してはいません。
実際、IT先進国のエストニアでは
税理士、会計士という仕事はなくなりました。

 

 

人を感動させるには
共感力がその基礎になります。
またリアルなコミュニケーションも
人にしかできないことでしょう。
課題を発見し
問題を解決し
何かをゼロから創造していくことも
人にしかできないでしょう。

 

コミュニケーションには
共感力と言語力が必要ですし…
なんて考えていくと
すごく相互作用的で
カテゴライズが難しい。

 

試行錯誤しながら
こんな図にまとめてみました。

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まず土台が基礎能力。
個人が持っている基本的特性です。
鍛えることができる力もあれば
鍛えることができない力もあります。

 

例えば
ゴーシ先生の場合
集中力は生まれ持ったものだと思いますが
行動力やストレスコントロール
矯正して身につけました。
一方、多動力はありません。

 

その上に
言語力、共感力が乗っかります。
言語力は、「くらし」(親子の会話、読書)の中で身に付き
共感力は、「あそび」の中で身につきます。

 

その上での
基礎学力です。
知識・技能、思考、表現、判断、等々。
これは「まなび」の中で身につきます。

 

ここから
社会に出て必要になってくる
問題解決能力
コミュニケーション能力が問われてきます。

またその経験を通じて
基礎能力や基礎学力がさらに鍛えられます。

 

こう考えていくと
これまでの社会、20世紀型成長社会)においては
基礎学力が重視されたので
学校の成績やそれを伸ばすための塾
が大事でした。

 

これからの社会(21世紀型成熟社会)においては
人にしかできない力が重要であり
その源泉は
AIにできない言語能力、共感力
なのかもしれません。
そすれば
それを身につける、伸ばすための
「くらし」と「あそび」の時間が
大事になるはず。

 

ちなみに
「弁当の日」創始者竹下和男先生が
子どもを育む時間のピラミッド
という概念を提唱されました。

 

子どもが健やかにはぐくまれるには
ドーンと大きな「くらしの時間」という土台があり
その上に「あそびの時間」がのっかり
その上に「まなびの時間」がのっかる。

このピラミッドが
現在は逆転してしまっている。

くらしの時間を取り戻すのが
「弁当の日」なのだと。

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まさか、AIを語りながら
最後に「弁当の日」に落ち着くとは(笑)

 

さすが、ゴーシ先生。