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「できるようになる」学力論③

尊敬する友道先生より

学力問題を考える上で、
そもそも「何のために勉強をするのだろう?」
という問いが頭に浮かんで来ました。


その答えについて
私なりに考えてみました。

 

まず、私は
「生き物には自立と成長の本能がある」
と思っています。

馬でも牛でも、
生後1時間程度で立ち上がります。
もし、立ち上がらず、
ずっとそこに横たわっていれば、
天敵にやられてしまう確率が高まります。

 

いち早く、
立ち上がろうと努力した個体が
生き残ることができます。
いち早く、
親と同じ速度で走れるようになった個体が
生き残ることができます。
いち早く、
親と同じことができるようになった個体が
生き残ることができます。
いち早く、
自分の食べ物を自分で確保できるようになった個体が
生き残ることができます。
いち早く、自分の命を自分で守れるようになった個体が
生き残ることができます。

 

そんな淘汰が何百万年も繰り返されて、
今の生き物がいます。
自然があります。
その進化の歴史の中で、
生き物には、
自立と成長の本能が刻み込まれている
と考えられます。

 

たから、私は
ヒトという生き物は、成長するために
本能的に勉強したいのだと考えています。

 

 

また、ヒトという生き物は
群を作って生活し、
進化してきた生き物です。
ですから
ヒトの三大欲求(本能)には
「食欲」「性欲」に加え「集団欲」
が含まれています。

 

本能的に、
集団を作り
みんなと一緒にいたい生き物なのです。

 

みんなと一緒にいるためには
役に立たなければなりません。
みんなに喜んでもらわなければなりません。
役に立とうと思えば
できるようにならなければなりません。
できることが増えていかなければなりません。

できなければ
みんなに支えてもらう、
助けてもらうばかりになります。

みんなと一緒にいるために
できるようになりたい。
できることを増やしたい。

 

たから、私は
ヒトという生き物は、みんなの役にたつために
本能的に勉強したいのだと考えています。

 

フィンランドの教育も
「人間はもともと興味関心があり、
 自ら学んでいくものだ」
という信念に基づいて行われています。

 

でも、現実的には
勉強が嫌いな子もいます。

 

なぜか。

 

その理由は簡単。

 

「できない」からです。

 

私たちは、できることが好きで
できないことが嫌いです。
好きなことは、繰り返しやるので
さらにできるようになっていきます。
嫌いなことはやらないので
さらにできないようになっていきます。

 

私は、水泳もマラソンも嫌いです。
なぜならできないから。
やろうという気も起きません。

 

勉強が嫌いな子を
好きにさせるには
「できる」ようにすればいいはずです。

 

そのためには
①スモールステップで
②自ら目標設定させ
③計画を立てさせ
④行動し
⑤自己評価させる。
⑥必要に応じてサポートする。
⑦そのプロセスを評価する。

みたいな方法が有効なはずです。

 

さらに言えば
『学力の樹』モデルの
根っこ学力
「興味・関心・態度」
を養う必要があります。
そのために生活と体験が必要になります。

 

また、学力の基礎は言語能力です。

言語能力が低いと
概念化、抽象化が苦手で
勉強はできません。

 

ですから
言語能力を養うために
読書をさせる
読書習慣を身につけさせることも重要でしょう。

 

 

私は、この間、
「学力」「教育」について
相当勉強しました。
学びました。

めっちゃ楽しいです。

 

はっきり言って、
私の仕事、研究には
直接的に関係ありません。

 

でも、楽しいので勉強しました。
知らないことを知る
深く考えれるようになる
そうやって成長していく
ということは
ヒトという生き物にとって
とっても楽しいことなはずです。

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