三宅伸治さんと

facebook
高校時代の友人と再びつながることができ
大学時代の仲間と再びつながることができた。

 

大学時代、私は
軽音楽部に所属し
バリバリ、バンド活動に明け暮れていた。

 

現在、facebook
軽音楽部の仲間、先輩、後輩のウォールをのぞくと
みんな、音楽活動を続けてる。

バンドもしてるし
スタジオにも行ってるし
レコーディングもしてる。

私はと言えば、
ここ数ヶ月でギターを弾いた時間。
わずか5分。。。。
しかも、音楽もほとんど聴かない。

みんな、音楽、バンドが好きなんだな~
って思うし
一方で、自分にとって
音楽、バンドは何なんだったのだろう
とも思う。

 

たぶん、私にとって
音楽、バンドは手段だったのだ。
みんなは、音楽、バンドが目的。
それが本当に好きだから続けられている。

 

たぶん、当時の私は
「かっこいい自分のあり方」
「自己表現の仕方」
としてバンドが必要だったのだ。
目的じゃなく手段なのだ。

 

今は、
執筆活動、講演活動ができているから
「かっこいい自分のあり方」
「自己表現の仕方」
が満たされていて
音楽や、バンドに対する
渇きみたいなものがないのだと思う。

 

年末に
作家の喜多川泰さんと対談した。

私と喜多川泰さんは
若者に対するメッセージ、想い
そして教育者、作家、経営者
なんていう面ではすごく似ていると思う。

だけど、中身は全く違う。

彼はアーティストだ。
作品を作ることが目的だ。
評価を気にすることもなく
自分の創り上げたい作品を創ることに
専心している。

端的な例。
喜多川泰さんは
「20作くらい書くまで
 (社会現象になるような)
 ベストセラーを書きたくない」
と言う。
一度、そんなベストセラーを書いちゃうと
次作が書けないという。

 

私は、今すぐにでも
ベストセラーを書きたい(笑)。
例えば『もしドラ』なら、270万部、
つい印税を計算しちゃう。

 

そういう意味では
今の私にとって
執筆活動も、講演活動も
やっぱり手段なのだ。

若者にメッセージを伝えるための手段。
よりよい社会を残すための手段。

 

でもね。
人生に無駄な経験なんか無い。

『はなちゃんのみそ汁』で
三宅伸治さんと、佐藤剛史・倫子夫妻が
「たたえる歌」を演奏するシーンが
クライマックスで描かれているが
昔取った杵柄でそんなことができちゃうのだ。

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10年後、
執筆活動、講演活動に限界を感じたら
食育Rockなんてやり始めるかもね!